清き、祈り

私は毎日、「病気がよくなりますように」と祈っている。
けれど、現実はそんなに単純ではない。

祈ったからといって、翌朝すべてが良くなっているわけではない。
症状は相変わらず波打ち、良い日もあれば、どうしようもなく重い日もある。

私はクリスチャンだから、祈ることは生活の一部だ。
けれど、祈れば必ず願いが叶う、とは思っていない。
むしろ、祈っても変わらない現実に直面することの方が多い。

それでも――心は、確かに救われる。

たとえば、
「病気で働けないことが悔しい。情けない」
そう思う夜もある。

でも、祈りの中でふと、こう思えることもある。
「今は、神様が与えてくれた休暇の時間なのかもしれない」と。

同じ状況でも、どこから眺めるかで、心の風景はまったく違ってくる。
私は、後者の場所に立ちたい。

祈ることさえ苦しい夜もある。
言葉が出てこず、ただ沈黙のまま座っているだけの夜もある。
それでも、不思議なことに、祈りの場に身を置くと、
心の奥が静かに応えてくれる感覚がある。

「大丈夫だ」と言われるわけでもない。
何かが劇的に変わるわけでもない。
ただ、心がひとつ深呼吸をして、少しだけ緩む。

この作品に込めたのは、そういう時間だ。

体の前で何度もライトを振り、十字架の軌跡を写し取る。
その一回一回が、私にとっての祈りの動作だった。

奇跡のような出来事が起きたわけではない。
けれど、ここに残った光の軌跡は、
私が確かに祈ったという証だ。

私は、祈りの力を信じている。
それは現実をねじ曲げる力ではなく、
現実の中で、生き続けるための力だ。

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