
私は若いころ、海のある町に住んでいた。
だから、よく海釣りに出かけた。
そこでたくさんの魚を釣った。アジ、サバ、タイ。
その中に、「イワシ」もいた。
「魚へんに弱い」と書いて、鰯。
名前のとおり、彼らはとても弱い魚だ。
海水の入ったバケツに入れておいても、すぐに弱ってしまう。
生態系の中では、決して強者ではない。
けれど、彼らにはひとつの生き残り方がある。
群れること。
何百、何千という数でひとつの流れをつくり、
巨大な捕食者の前でさえ、形を変え、道を変え、しなやかにかわしていく。
個としては弱くても、
つながることで、生き延びる。
私は病者だ。
社会のなかでは、きっと「弱い側」の人間だ。
思うように働けない。
思うように続けられない。
思うように強くなれない。
それでも私は、いまここにいる。
作業所に通い、福祉の輪のなかで息をし、
人とゆるくつながりながら、生きている。
それは、海の中のイワシに似ている。
一人ではきっと折れてしまう。
でも、誰かと一緒なら、流れに身を預けることができる。
そして不思議なことに、
この絵の中では、イワシの群れはクジラの形をしている。
圧倒的な存在。
巨大な力。
でもそれは、イワシたち自身がつくった姿だ。
弱さが集まって、
強さのかたちになる。
私は、強い。
それは、一人で立てるという意味ではない。
支えられながら立っているという意味で、私は強い。
祈るように、群れながら、今日も海の底を泳いでいる。
光のほうへ向かって。
