
「星屑をすくい、私は祈る」
私が中学生のころ、父が精神疾患になった。
仕事に行かず、毎晩のように居酒屋へ向かった。
家の空気は重く、生活は苦しかった。
自分にできることは——
暴力から母を守り、勉強を続けることだけだった。
「絶対にお金持ちになろう」
そう思うことで、崩れそうな心を必死に支えていた。
努力の末、超一流国立大学の大学院を修了し、
大手食品会社の研究開発職として就職した。
ここから人生が変わるはずだと信じていた。
しかし——
地獄はここから始まった。
入社して半年、心は音もなく壊れた。
主治医から告げられた診断名は、
父と同じものだった。
あの日から私は、
“自分も父と同じ道をたどるのではないか”
その恐怖に押しつぶされながら生きてきた。
眠れない夜、
孤独を紛らわすために友人に電話ばかりしていた。
しつこくしてしまい、ひとり、またひとりと友人を失った。
やがて食事もできなくなり、
精神病院の閉鎖病棟に入院した(これまでに5回)。
そんななか、私は ある先生と出会った。
父親のように温かく接してくれる人だった。
その優しさに触れるにつれ、
固く閉じていた心が少しずつほどけていった。
あれは、闇の底に光が差し込んだ瞬間だった。
失われたと思っていた人とのつながりも、
入院仲間を通じてゆっくり回復した。
今では連絡を取り合ったり、食事に行ける友人も戻ってきた。
そして何よりの支えが、愛犬のくるみである。
彼女の無邪気な存在は、
アニマルセラピー以上の力で、私の心を守ってくれている。
退院後、偶然通りかかった教会に足が止まり、
その静かな空間で祈るようになった。
その頃から、私は人生の受け取り方が変わった。
祈ることは、すべてを解決してくれるわけではない。
しかし、
「どう受け止めるか」は変えられる。
動けない日を
「自分はダメだ」と責めるのか、
「与えられた休息」と考えるのか——
その捉え方ひとつで心はまったく違う。
私は、祈りを“生きるリズム”とすることにした。
そして、少しでもその灯りを誰かと分かち合いたいと思った。
このサイトは信仰を強要する場所ではない。
ただ、深い闇のなかにも
星屑や月の灯りが確かに存在し、
私たちを照らし続けていることを伝えたいだけだ。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
あなたの今日の夜にも、静かな灯りがともりますように。
どんなに辛い夜にも、星屑は静かに降り注ぐ。
私たちはその光をすくい、明日の平穏をそっと祈り続ける。
